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「横綱の星 第一回」
2002年
11月20日
星小徹は戦前、梅乃星(うめのほし)の四股名で活躍していた技自慢の幕内力士であった。しかし戦争で肩を痛め、相撲界に復帰した時には、立ち会いで「S」の字に変化する技しかできない体になっていた。小徹はその技を「魔送だまし」と名付け、昭和22年初場所千秋楽、横綱川上山との対戦でも金星を取った。川上山は小徹の同期で古い友人でもあり、「魔送だまし」を恥ずべき邪道だとし、相撲界からの引退を強く勧めた。翌日、八勝七敗の星を残しながら小徹は部屋から行方をくらまし、やがて相撲界から忘れ去られた。
昭和36年秋、都内のホテルで行われた大砲関の横綱昇進祝賀会に飛び込んで来た一人の貧しい身なりの少年がいた。今は親方となっていた川上山の目の前で、少年は大砲関に「魔送だまし」の技で掴みかかり、大砲関が少しも動じないと、「ちくしょう!」と一声叫んで足早に逃げ去った。
川上山が思わず少年の後を追って行くと、辿り着いたのは墨田区荒川のオンボロ長屋。川上山が破れ窓からそっと中を伺うと、部屋に何と星小徹がいる。その少年は、今は日雇い人夫として働く小徹が丹精こめて力士に育て上げようとしている一人息子、飛雄丸であった。
川上山が窓から見ていると、飲んだくれて昼寝をしていた小徹は、飛雄丸が帰るなり怒鳴りつけた。
「飛雄丸!今日の稽古はどうした!」
「父ちゃん! 俺は相撲取りなんかになりたくないや!」
「ばかもん!」
小徹はちゃぶ台をひっくり返して立ち上がり、飛雄丸を殴った。
「
お前は小学校をあがったら、すぐに入門するんだ!」
「父ちゃん! 無理だ! 俺は学年で一番のチビだぜ!」
「それがどうした! 男は弱音をはくな! 中学卒業までに関取になるんだ!」
「父ちゃん! 俺はクラスで一番痩せてるぜ!」
「努力すれば克服できない事はない!
「父ちゃん! 俺は相撲が嫌いなんだよ!」
小徹は飛雄丸を殴りとばし、ちゃぶ台を逆にひっくり返して座った。
「石にかじり付いて努力するんだ!」
飛雄丸は部屋の壁に叩きつけられ動かなくなった。買い物から帰って来た姉の星金子(きんこ)が駆け寄り、あわてて飛雄丸を助け起こした。
「お父さん、もうやめて! 飛雄丸が可哀想よ!」
「女は黙っておれ!」
小徹はまた逆にちゃぶ台をひっくり返して立ち上がり、一升瓶を抱えて外に飛び出して行った。金子(きんこ)のすすり泣きが聞こえてきた。
川上山はこの悲惨な様子を見て胸を痛めた。小徹はいったい何を考えているのか。川上山の目から見ても、飛雄丸の豆粒のような体型は相撲取り向きではなかった。その時だった。飛雄丸が素裸の体に手ぬぐいで作った回しと「大相撲養成ギプス」を付けて裏庭に飛び出して来た。飛雄丸は柔軟な足腰で股割りをした後、荒縄を巻き付けた一本杉とてっぽう稽古を始めた。100回、200回、300回、飛雄丸の思いもかけず筋肉の発達した体躯が汗まみれになり、やがて杉の幹に両腕をかけて、一声「ウォーッ」と唸ると大木を根こそぎ吊りだした。
超絶技巧だ・・・川上山は思わず身震いをした。10歳でこの力だ。大人になったらどんなに凄い力自慢になる事か。その時、小徹が酔っぱらって帰って来た。小徹は倒れている杉の木に目をやると、立ちすくんでいる飛雄丸の肩を抱き、夕焼け空に光る星を指さした。
「飛雄丸、見ろ! あの一際輝く星を。あれが横綱の星だ!」
「横綱の星・・・」
「わしには上がれなかった星だ。しかしお前だったら行ける! いや、行くのだ!」
「父ちゃん!」
二人は感涙して抱き合った。川上山は感動で打ち震える胸を押さえながら、そっとその場を立ち去った。
「バレリーナの星 第一回」
2002年11月20日
星小徹は戦前、「ニンジンスキー星」のステージネームで活躍していた技自慢のバレエダンサーであった。しかし戦争で肩を痛め、バレエ界に復帰した時には、Sの字に変化する回転技しか出来ない体になっていた。ニンジンスキー星はその技を「魔送フェッテ」と名付け、昭和22年の春、日本バレエ協会主催バレエコンクールに出場し、金賞を取った。バリカニコフ川上はニンジンスキー星のバレエ仲間で古い友人でもあり、「魔送フェッテ」を恥ずべき邪道だとし、バレエ界からの引退を強く勧めた。翌日、ニンジンスキー星は舞台から姿を消し、やがてバレエ界から忘れ去られた。
昭和36年秋、都内のホテルで行われた森ノ下洋子の松山バレエ団プリマ昇進祝賀会に飛び込んで来た一人の貧しい身なりの少年がいた。偶然居合わせたバリカニコフ川上の目の前で、少年は森ノ下洋子に「魔送フェッテ」の技で挑み、森ノ下洋子が少しも動じないと、「ちくしょう!」と一声叫んで足早に逃げ去った。
バリカニコフ川上が思わず少年の後を追って行くと、辿り着いたのは墨田区荒川のオンボロ長屋。バリカニコフ川上が破れ窓からそっと中を伺うと、部屋に何とニンジンスキー星がいる。その少年は、今は日雇い人夫として働くニンジンスキー星が丹精こめてバレエダンサーに育て上げようとしている一人息子、飛雄丸であった。
バリカニコフ川上が窓から見ていると、飲んだくれて昼寝をしていたニンジンスキー星は、飛雄丸が帰るなり怒鳴りつけた。
「飛雄丸!今日の稽古はどうした!」
「父ちゃん! 俺はバレエダンサーなんかになりたくないや!」
「ばかもん!」
ニンジンスキー星はちゃぶ台をひっくり返して立ち上がり、飛雄丸を殴った。
「お前は小学校をあがったら、すぐに松竹梅バレエ団に入門するんだ!」
「父ちゃん! 無理だ! 俺はクラスで一番のチビだぜ!」
「それがどうした! 男は弱音をはくな! 中学卒業までにプリマになるんだ!」
「父ちゃん! おまけに俺はクラスで一番のデブだぜ!」
「努力すれば克服できない事はない!」
「父ちゃん! 俺は
バレエが嫌いなんだよ!」
ニンジンスキー星は飛雄丸を殴りとばし、ちゃぶ台を逆にひっくり返して座った。
「石にかじり付いて努力するんだ!」
飛雄丸は部屋の壁に叩きつけられ動かなくなった。買い物から帰って来た姉の星金子(きんこ)が駆け寄り、あわてて飛雄丸を助け起こした。
「お父さん、もうやめて! 飛雄丸が可哀想よ!」
「女は黙っておれ!」
ニンジンスキー星はまた逆にちゃぶ台をひっくり返して立ち上がり、一升瓶を抱えて外に飛び出して行った。金子(きんこ)のすすり泣きが聞こえてきた。
バリカニコフ川上はこの悲惨な様子を見て胸を痛めた。ニンジンスキー星はいったい何を考えているのか。バリカニコフ川上の目から見ても、飛雄丸の
団子のような体型はバレエ向きではなかった。その時だった。飛雄丸が素裸の体に手ぬぐいで作ったレオタードと「プリマ養成ギプス」を付けて裏庭に飛び出して来た。
飛雄丸は柔軟な足腰でプリエをした後、荒縄を巻き付けた一本杉とバーエクソサイズを始めた。一時間、二時間、飛雄丸の思いもかけず筋肉の発達した体躯が汗まみれになり、やがて一声「ウォーッ」と唸ると2mの高さにジャンプしてから32回フェッテを始めた。目の覚めるように正確で遠心機より早かった。
超絶技巧だ・・・バリカニコフ川上は思わず身震いをした。10歳でこの技術だ。大人になったらどんなに凄いバレエダンサーになる事か。その時、ニンジンスキー星が酔っぱらって帰って来た。ニンジンスキー星は立ちすくんでいる飛雄丸の肩を抱き、夕焼け空に光る星を指さした。
「飛雄丸、見ろ! あの一際輝く星を。あれがバレリーナの星だ!」
「バレリーナの星・・・」
「わしには上がれなかった星だ。しかしお前だったら行ける! いや、行くのだ!」
「父ちゃん!」
二人は感涙して抱き合った。バリカニコフ川上は感動で打ち震える胸を押さえながら、そっとその場を立ち去った。
「チャルメラの星 第一回」
2002年11月20日
星小徹は戦前、星乃屋(ほしのや)の店名で活躍していた味自慢の屋台のチャルメラ屋であった。しかし戦争で肩を痛め、チャルメラ界に復帰した時には、味付けで「S」の字に変化する調理法しかできない体になっていた。小徹はその技を「魔送味付け」と名付け、昭和22年春、全日本チャルメラ選手権でも金賞を取った。しかし、麺所「川上屋」を経営する調理師、川上は小徹の古い友人でもあり、「魔送味付け」を恥ずべき邪道だとし、チャルメラ界からの引退を強く勧めた。翌日、連日満員の賑わいを残しながら小徹は店から行方をくらまし、やがてチャルメラ界から忘れ去られた。
昭和36年秋、都内のホテルで行われた麺打ち達人、狩須磨也男(かりす・まやお)の新店開店祝試食会に飛び込んで来た一人の貧しい身なりの少年がいた。偶然居合わせた川上の目の前で、少年は狩須磨也男に「魔送味付け」の技で掴みかかり、狩須磨也男が少しも動じないと、「ちくしょう!」と一声叫んで足早に逃げ去った。
川上が思わず少年の後を追って行くと、辿り着いたのは墨田区荒川のオンボロ長屋。川上が破れ窓からそっと中を伺うと、部屋に何と星小徹がいる。その少年は、今は日雇い人夫として働く小徹が丹精こめてチャルメラ専門調理師に育て上げようとしている一人息子、飛雄丸であった。
川上が窓から見ていると、飲んだくれて昼寝をしていた小徹は、飛雄丸が帰るなり怒鳴りつけた。
「飛雄丸!今日の稽古はどうした!」
「父ちゃん! 俺は屋台のラーメン屋になんかになりたくないや!」
「ばかもん!」
小徹はちゃぶ台をひっくり返して立ち上がり、飛雄丸を殴った。
「お前は中学をあがったら、すぐに川上クッキングスクールに入門するんだ!」
「父ちゃん! 無理だ! 俺はクラスで一番の猫舌で味音痴だぜ!」
「それがどうした! 男は弱音をはくな! 中学卒業までに調理師の資格を取るんだ!」
「父ちゃん! 俺はチャーシューで蕁麻疹を起こす特殊体質だぜ!」
「努力すれば克服できない事はない!
「父ちゃん! なると巻きで目を回す俺がどうやってラーメン屋になれるんだよ!」
小徹は飛雄丸を殴りとばし、ちゃぶ台を逆にひっくり返して座った。
「石にかじり付いて努力するんだ!」
飛雄丸は部屋の壁に叩きつけられ動かなくなった。買い物から帰って来た姉の星金子(きんこ)が駆け寄り、あわてて飛雄丸を助け起こした。
「お父さん、もうやめて! 飛雄丸が可哀想よ!」
「女は黙っておれ!」
小徹はまた逆にちゃぶ台をひっくり返して立ち上がり、一升瓶を抱えて外に飛び出して行った。金子(きんこ)のすすり泣きが聞こえてきた。
川上はこの悲惨な様子を見て胸を痛めた。小徹はいったい何を考えているのか。川上の目から見ても、飛雄丸の
埴輪のような顔は屋台の親父向きではなかった。その時だった。飛雄丸が素裸の体に手ぬぐいで作った白エプロンと「チャルメラ調理師養成ギプス」を付けて裏庭に飛び出して来た。飛雄丸は柔軟な手つきで粉をこねた後、一本杉に叩きつけるように麺を打ち始めた。100回、200回、300回、飛雄丸の思いもかけず筋肉の発達した体躯が汗まみれになり、やがて一声「ウォーッ」と唸ると包丁で一気に麺を切り刻んだ。
超絶技巧だ・・・川上は思わず身震いをした。10歳でこの技だ。大人にな
ったらどんなに凄い麺打ちになる事か。その時、小徹が酔っぱらって帰って来た。小徹は立ちすくんでいる飛雄丸の肩を抱き、夕焼け空に光る星を指さした。
「飛雄丸、見ろ! あの一際輝く星を。あれがチャルメラの星だ!」
「チャルメラの星・・・」
「わしには上がれなかった星だ。しかしお前だったら行ける! いや、行くのだ!」
「父ちゃん!」
二人は感涙して抱き合った。川上は感動で打ち震える胸を押さえながら、そっとその場を立ち去った
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